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うさぎ専門店ハウスオブラビットはうさぎとうさぎを愛する方のトータルサポートショップです。

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〒333-0842 埼玉県川口市前川1-9-18

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ハウスオブラビットの15年


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東初のうさぎ専門店としてオープン!
当初は12畳程の小さなログハウスにケージ数15台程からスタート
アメリカンラビットの繁殖・販売を始める。
オープン時からたくさんのうさぎ愛好家に支えられる…感謝。
オープン当初は、うさぎ専用のグッズは非常に少なく(無いに等しい)牧草にしても、トイレ砂にしてもたくさんの
商品を試し、納得いく商品を探しに毎日のように問屋へ通う。

牧草もなかなか良いものが見つからず、当時から友人の現WOOLY社の社長に良質の牧草を探してもらう。
オリジナルティモシーの始まりだ!
トイレの砂として猫用「木の砂」を使用したところ、素晴らしい効果が!
現、うさぎ用ウッドリターの始まりだ!

当時、カナダ産の「テクニカルラビットフード」が当店では主流だった。(現、メイプルリーフ社のフードだ)
ペットうさぎに関しての情報が少ない中、試行錯誤、勉強勉強の毎日だった。

★BUNNY EARS CLUB発足(現VIPメンバーの走りだ)
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メリカンラビットの繁殖もお店も順調。
しかし、本場のアメリカのうさぎ事情の視察に行かねば、情報提供ができない!
ウィースコンシン州で行われた全米ショーへ
その時、衝撃的な出会いが!!!何もかもが衝撃的な中、後に残る素晴らしいものとの出会い。
それが、「HEINOLD社」のラビットフードと初代ハウスオブラビットのアイドルうさぎ「POPS」だ。

お店のうさぎ達に、このラビットフードを食べさせたい一心でまたまた(笑)現WOOLYの社長に話を持ちかける。
快く?は微妙だが、HEINOLD社のラビットフードの輸入が開始された。
当初、日本で販売されていたラビットフードは嗜好性重視のものばかり。
「切り替え」に非常に時間がかかった。
1週間近くも断食するうさぎ達も続出。
飼い主さんも根負け状態。
「困った・・・。」
しかし、当時販売していた「テクニカルラビットフード」がメーカー内分裂の為、販売廃止となり切り替えせざる得ない状況になる。
根気良く、お客様にも続けていただき、ほぼ、切り替えに成功!
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の年の春に、店舗移転(現ピンクのお家だ)
まさしく、うさぎの家。
Heinoldラビットフードが本格的に販売開始。
同時に、WOOLY社はシニアフードの開発を手がける。
アメリカでのアメリカンファジーロップナショナルショーに愛うさぎを連れて初出場。
なかなかの成績を頂き、さらに素晴らしいうさぎ達を譲ってもらい帰国。
アメリカンラビットのブリーダーへの輸入代行も始めた。
この年、ARBAのジャッジ、キャレン・ハインツさんと出会う。
彼女は勇気ある女性だった。
日本での初のラビットショー開催に協力して日本に来てくれた、いわば第一人者だ。
後のラビットショー開催の道を作ってくれた方だ。(今はショー活動は行っておりません)
うさぎ年目前の12月、池袋のサンシャインシティーにおいて、日本初のラビットショーを開催した。

大盛況に終わった。
★ARBAショーサーキットクラブ「P.B.C(ピュアブレットブリーダーズクラブ)」発足。
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さぎ年と重なり、「うさぎブーム」となる。
この年にうさぎとめぐり合った方が多いのではないでしょうか?
年、2回のアメリカへの研修をかねたホームステイ。
ミネソタ行きに拍車がかかる。
この頃、うさぎのカラー遺伝子に興味を見出す。
「ネザーランドドワーフのカラー遺伝子」なる書物をアメリカで見つけ、日本に持ち帰り翻訳家さんにお願いし勉強を始める。

ブリーダー達の素晴らしいうさぎが店頭を飾る。
この年も、平和島で行われた「小動物フェア」にて正式なARBAラビットショーを開催。
今で言う、日本でのうさぎのトップブリーダー達が集結。

うさぎグッズも新しく「うさぎ専用」として出だし、店頭にたくさんの商品が並ぶようになった。
オリジナル商品の作出に没頭。
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ームページ立ち上げ。
通販カタログも同時に製作。
ファックスと電話での注文が主でしたが、ここからがWebショップの始まりでした。

ラビットショーもコンスタントに開催、アメリカにも買い付けに。
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の頃から、うさぎの繁殖に関しての疑問や、アメリカのうさぎ事情と、日本におけるペットとしてのうさぎの扱いに大きな違いに着目。
はたして、アメリカの情報が一番なのか?
自問自答の日々が続き・・・
お客様の為に何が一番必要なのかをオープン当初に気持ちを置いて考え始める。
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ームページにショッピングカートを設置。
通販ではさらにお買い物がしやすくなりました。
平和島にて行われた「小動物フェア」にて、YBRC(横浜ベイラビットクラブ)&PBCでラビットショーを開催。
ショップも出展し、たくさんの新しいお客様とも出会えた年。
そのイベントをきっかけにショップイメージ=ピンクハウス(笑)から一転、つなぎを着てお客様をお出迎え。
某メーカーのうさぎグッズの製作に参加。
翌年に発売された初の「うさぎ専用キャリー」や「折りたたみ式ケージ」はヒット!
(…協力費もらっとけば良かった・・・(涙))(笑)

★実はこの年に現店ちょーがドレッドヘアーで入社(笑)後、出たり入ったりを繰り返す←実家か!オイ!
食いしん坊の「石ちゃん」がメレンゲの気持ちの取材で来店
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店のうさぎRaspberryやPOPSの死により、「コレでいいのか?」と悩みは続く。
うさぎと共に暮らす人たちに、「うさぎの繁殖や遺伝子の前に必要なことは何?」
この年を最後にアメリカへ足が進まなくなる。
考え、装いを新たに、7周年記念の日に店内リニューアル!オープン。
日本初のうさぎのグルーミングルーム誕生!!
うさぎへのグルーミングの大切さを見て実感していただきたく、グルーミングメニューを増やす。
新たなハウスオブラビットの始まりでもありました。

通販カタログの2冊目を製作。
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タッフ不足により、忙しさは続く・・・続く・・・続く(笑)が、しかし!
この年の終わりに、秩父郡皆野町の別荘に年老いたうさぎや、繁殖の為のうさぎを移動。
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 がとろろうさぎ小屋」完成。
期間限定で一般公開をする。
夏はBBQ、秋も月見でBBQ(笑)
ショップ内とは違った開放感のある中でのお客様との時間は、後にとても重大なヒントとなる。
自然の中で、うさぎと共に季節の変化を楽しむ。
母親うさぎの妊娠中は広い敷地内でたっぷり運動させ、ストレスや太りすぎの防止になった。
★親会社から独立し、有限会社HOR(エイチオーアール)設立
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販カタログ、ウェブショップのリニューアルに際し、事務所を設ける。
ショッピングモールにハウスオブラビットを出店させるが、わずか2ヶ月で撤退。

2年目の「ながとろろうさぎ小屋」にはデッキが完成。
期間限定の一般公開。
繁殖も季節限定ではあったが、負担にならない程度行った。
が・・・しかし。
スタッフに任せっきりで実店舗の売り上げが減少↓(涙)
ハウスオブラビットの危機であった(今だから笑えるが・・・)

この年を最後に「ながとろろ」の一般公開は終了となる。
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店舗のサービスや販売商品の見なおしを心がける。
VIPメンバーの内容を新たに会員を新たに募る。
年2回、初夏と秋にVIPメンバーズイベントとして「ながとろろ」でBBQ。
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Webショップが楽天に参入、勝手の違いに戸惑いを隠せない。
年2回の「ながとろろ」でのVIPメンバーズイベントのBBQ開催。
この年の暮れに、ながとろろのうさぎ達をお店に連れ帰る。
グルーミングのお客様が急増。
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たなスタッフと共に、新しいハウスオブラビットの始まり。
いるもの、いらないものを検討。
事務所を引払い、敷地内にてお店一本化。
Webショップを楽天から撤退、独自サイトの見直しを検討。

某メーカーのフードボックスのデザイン考案、なかなかの人気商品となる。
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えられないものは変えない。
変えられるものは変えていく。
「心」を一番に考えたお店へ・・・
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してまたまたうさぎ年。
これから何が起こるのだろうか・・・

【2011年 1月】 うさぎ年、うさぎ年と世間では騒いでいるが、ハウスオブラビットにはなんら影響はなく、はっきり言えば「活気が薄い幕開け」となった。
【2011年 2月】 2月に入り、寒さが増す。HORの懐も寒い(涙)
【2011年 3月】 ・・・東日本大震災が起こる。
今後の行方をただ見守るしかないジレンマ。
明日はわが身。
【2011年 4月】 4月開始のカレンダーの配布
ゴールデンウィークにイベントをするべきか?ギリギリまで悩む。
【2011年 5月】 震災の影響は離れた土地でも出ている。
小さなショップにはキツイ。
うさぎ年なのに…15周年なのに…タメイキ。
数年ぶりに、うさぎの繁殖を本格的再開。
【2011年 6月】 ようやく、お客様でにぎわう店内となる。
【いつも通り】を心がけよう

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